「不完全」イクメン ZACKY の子育て話

子育てについて書きます。

自転車について,その2

子は2〜3歳の頃は三輪ミニバイクを妻の実家に行くたびに走り込んでいたので,ストライダーへの移行はスムーズかと思った。妻がいろいろ調べて,類似品の D-Bike を選んだ。

しかし,慎重な子は D-Bike にはすぐには飛びつかず,本格的に乗り始めたのは3〜4歳くらいのことである。

最初に練習していた公園は地面が土で,雨が降るとゆるくなる感じだった。子がまだ小さかったので,ゆるくなった地面でも蹴って進めるほど力強くはなかったのかもしれない。そこで,D-Bike の練習は近くの別の公園に車で移動してから行った。けっこう広めの公園で,そこそこ長い距離の舗装された自転車道が一周整備されている。子は思う存分 D-Bike を蹴って走り回った。ただし,その公園は遊具も多く,子はすぐに気が散ってジャングルジムやらブランコやらで遊び始めてしまうのが難点であった。

秋になって気候が良くなり,お弁当を持って近くのサイクリングロードへ遠征しに行った。ずっと同じコースを回るだけだと飽きるだろうと思ってのことである。最初に行ったサイクリングロードは景色はとても良かったが,アップダウンがきつくて不向きだと下見でわかった。2番目に行ったダム湖を周回するサイクリングロードは,やや寂れているものの,アップダウンがほとんどなかったので,練習には最適だった。私たち親はママチャリをレンタルし,子は D-Bike に乗って,ダム湖を半周くらい快走した。疲れたところでお弁当を食べる。元気になったところでしばらく走って,また疲れたら子とD-Bikeをママチャリに乗せて元の場所に戻るという感じである。このサイクリングは親も楽しかった。

子はこのサイクリングで相当自信をつけた。いよいよ次こそは自転車にチャレンジだ。つづく。

自転車について,その1

子がついに自転車に乗れるようになった。成果としては,そんなにたくさんの練習をすることなく,ほとんどコケることもなく,自転車に乗れるようになったという感じ。

話は子が2歳の頃にさかのぼる。夫婦で話し合って,子には他のいろいろな習い事をさせるつもりがないけど,自転車は小学校に入学する前に乗りこなせるようにすることで合意していた。また自転車指導法を調べて,ペダルを外して地面を蹴ってハンドル操作を習得させてから,ペダルをつけてこがせる方法が良いことも知っていた。それで,三輪車や補助輪付きの自転車はパスして,主にストライダーというペダルなしの自転車で練習させる方針を取った。この方針は主に妻の発案である。

最初は初めからストライダーで行こうと思っていたのだけど,妻の友達がちょうど YAMADA の三輪ミニバイクを買うと言っていたので一緒に購入した。このミニバイク,残念ながら現在は同じものは販売されていないっぽい。

子はこの三輪ミニバイクをとても気に入り,すぐに妻の実家で走り回りに走り回った。これで足で漕ぐ感覚,ハンドル操作,スピード感に慣れてくれた。つづく。

親の呼ばせ方

ふつうのご家庭では子が親を「お父さん/お母さん」「パパ/ママ」と呼ばせるのが一般的だろう。一方,我が家では「父上/母上」と呼ばせている。

天地人という大河ドラマで,のちに「こども店長」になる加藤清史郎くんが「ちちうえ〜ははうえ〜」と呼んでいたのがとてもかわいかった。それで私が妻に「もし子が生まれたら,父上/母上と呼ばせたら,かわいいんじゃない?」と言って子を持つことを提案したのだった。

子が生まれてから語りかけで自分たちのことを「父上/母上」と盛んに呼び,子が「ま〜ま〜」とかしゃべり出しても自分たちが呼ばれたと認識せずに無視し,だいぶ経って2語言葉をしゃべるくらいになってから「ちちうえ〜ははうえ〜」としっかり呼ぶようになった。

最近になってから,「父上/母上」と呼ぶのが面倒になったか恥ずかしくなったか,「パパ/ママ」と呼ぶようにもなったのだが,とくに妻は必ず「ママじゃなくて母上でしょ」と訂正させる。

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不完全でもやっていくためには

前にも書いたように,私は結婚して今の住まいに移ってから皿洗いと洗濯だけは毎日やっている。正確には出張や旅行の時にはしていないけど。このことは誇りに思っている。

家事ができない私でも毎日続けられるのは,次の2つのポイントがある。

  1. まず食洗機と乾燥機能付きドラム式全自動洗濯機を導入している。これにより大幅に労力が減らせる。皿も割らないですむ。雨の日でも夜中でも洗濯できる。

  2. 皿洗いと洗濯について,完全に私に任されており妻から細かく口出しされることはない。その代わり,手伝ってくれることもない。妻から口出しされるのは,洗い方のわからないおしゃれ着を扱う時とか,ごくまれに洗浄品質が不十分だった時とか,そのくらい。口出しされる頻度は一ヶ月に一度あるかどうか。完全に任されているので,やる気が削がれることはないし,自然と自主的に行動するようになる。

妻からのコメント

3.平日はオシャレは二の次で、「乾燥機に入れられ、アイロンしなくていい服」を買う。洗濯失敗されるとキレてしまいそうな服は自分で洗う。

も付け加えておきましょうww

一日30分程度の家事。 家事を続けてきたのは誇りだ、という夫をもてた事を誇りに思います(ノロケ)

「不完全」イクメン

「不完全」イクメンと銘打っているのは,私は家事・育児をしているものの,能力的にはとても低いからである。もともと家の手伝いを積極的にするような子ではなかったし,中学校低学年ぐらいまでは家庭科があったがそれ以降は学ぶ機会もない。学生時代はずっと実家住まい。社会人になって初めて一人暮らしをしたけど,最初から自炊するつもりなくて,キッチンには電子レンジのみ,三食全部外食にしてしまっちゃうような感じ。家事について,能力もないし,関心もなかった。

ちなみに,なんでこのブログを書こうと思ったかというと,そんな「不完全」イクメンでも,育児はなんとかなるもんだよ,とても楽しい生活を送れるよ,と伝えたかったからだ。ちまたにあふれる育児の話を見ると,すごすぎて自分ではやっていけないんじゃないかと思ってしまう。案外そうでもないよ,と伝えたいのだ。

子を持つきっかけ

私たち夫婦も,結婚するときに将来子を持つかどうか,何人子を持つかというような話はした。

私は兄弟がいて家族で楽しく過ごしたので,漠然と複数の子を持てたらいいなと思っていた。一方,妻は子どもがもともとあまり好きではなく,子はいなくてもいいんじゃないの?というような意見を持っていた。

私はそういう意見の対立があったときに,それでも粘り強く説得を続けるということはしなかった。そういうのがあまり好きじゃなかったんだよね。

でもなぜ子を持つことになったか,結論から言うと,私がずっと家事を続けたことが妻の気持ちを変えることにつながった。夫婦共働きで,家事も分担制にしていた。私の担当は,食器洗いと洗濯だった。これらの家事を,最初は下手くそだったのだけど,毎日きちんと続けて,だんだんテキパキできるようになった。文句を言わずに毎日続けたことが,妻の心に響いた。もし子を持っても,この夫は育児をきちんと果たすだろう,と。で,1人だけ子を持つことに同意してくれたのだ。

私は兄弟がいたらいいなと思ってはいたのだけど,まず1人をきちんと育てて,それから考えようと思っていた。結論から言えば,私たち夫婦の育児能力がいろいろ足りなすぎたので,1人で精一杯だった。

妻からのコメント

ヤマザキの記憶は美しく改ざんされているようだが、折につけ、子供を持つとこんな楽しい事が!的なプレゼンが行われていたw

大河ドラマを見ているときに、「ほら、子供に父上・母上って呼ばせると、きっとかわいいよ!」というなりふりかまわないプレゼンをされた時、ああ…本当に子供ほしいと思ってるんだな…と感じましたww

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はじめて子を自宅で寝かせた時の不安

産院から退院し,子を初めて自宅に連れ帰った時の不安は,とてもよく覚えている。

ベビーベッドでスヤスヤ眠る子が,何とも消え入りそうでとてもか弱く見えて,朝になったら死んでいたりするんじゃないかと,訳の分からぬ不安に襲われたのだ。

でも,そんなことは全くなく,元気いっぱいに泣くのを聞いて,何とも言えない温かい気持ちになったものだった。

そんな我が子は,その後たくましく育ち,「か弱い」という印象の全く似合わない子になるのである。